のんびりキャリア

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自分の母親が手術をしないと死ぬというときに「多様性」を基準にして手術医を選ぶ?

上記のセリフは、私が愛聴する米国のJesse Kellyというコメンテーターによるものなので、私の発明ではない。

 

しかし「言いえて妙」。

 

先週、アメリ最高裁判所の判事が退職する見通しとなり、バイデン政権がその後釜の検討を開始している。(というか、もともと現職を引きずり降ろして、左翼の息のかかった後釜を据えるように工作したと思われる)。

 

バイデン政権は記者会見にて「後任者はまだ決まっていない。しかし、誠実さ、経験、能力を十分に評価している。現時点で唯一決まっているのは”黒人の女性”という点だけ」と。

 

多様性やInclusionというのもここまでくると「ただの政治道具」ではないか?

 

そこでくるのが、掲題のJesse氏の言葉である。

 

この比喩でいいたいのは「その仕事が重要と思っていたら、多様性やinclusionなどを選択の基準にしないだろ? 自分の母親が手術が必要なときに「黒人の医者をつれてこい」というのか? 言わないんだろ?」ということ。

 

そこから発展しての彼はさらに鋭い言葉で結ぶ。

 

“You can tell how much you care about something by how inclusive you want it to be.”

by Jesse Kelly  (Jan 28th, 2022 "Ask Dr Jesse Thudsay") 

 

この言葉は重い。

(直訳) あることについてどれだけ真剣に考えているか?は、あなたがどれだけそれをinclusive (多様性豊か)にしようとしているかで分かる。

(意訳) あなたがinclusionという基準を使っているということは、あなたはその事象について「どうでもいい」と思っている証拠。

 

日本の首相が「次の自民党の総裁を誰にするかはこれから公平に厳格に選定する。ただ、唯一決まっているのは、朝鮮人の血筋を持った女性ということ」と宣言したらどう思うか? 

血筋や肌の色でリーダーを選ぶことが、その国やグループの繁栄に寄与するのか?

そうなる日も遠くないかもしれない。

 

www.jessekellyshow.com